他人の気もちはわかっても考えはわからない


もう1つのブログ「じゅんころのアンテナ」で、過去の記事を書き直しました。

>> 繊細すぎてつらかった。その理由はHSP?「敏感過ぎる自分に困っています」を読んで



ちょうど1年ほど前に読んだ本「コミックエッセイ 敏感過ぎる自分に困っています」と、HSPについての記事です。



この記事の中で、

他人の気もちや感情がわかったり


と書きました。



わたしは、敏感に他人のことを察知することがあります(時と場合にもよります)。

それは、その人の奥底の感情のようなものです。

その人の言っていることや表情が、その奥底の感情と伴っていないことも多く、よく混乱していました。



また、気もちや感情はわかっても、考えや思考はわかりません。

似ているけれど、全然ちがうのがやっかいなところです。

他人の考えていることはわからないので、とんちんかんな言動や受け応えをします。



相手が何を求めているか、どんな答えを期待していたかはわかりません。

でも、「イラっ」としたり「ハァ?」となっているのは、敏感に察知します。



「また間違った」「またやってしまった…」とは思うのですが、

じゃあ正解は?というとわからないのです。



相手が怒っていても、その理由がわかりません。

なんだかわからないけれど、怒らせてしまった

 ↓

わたし(という存在)が悪いんだ



こういう体験、思考を繰り返しているうちに、

自己肯定感がどんどん低くなってしまった気がします。



この2年ほどで、ようやくそのことにも気づいてきました。

いつも書いていることですが、気づけたことが大きな進歩です。

気づけたということは、そこから改善していけるから。



そうはいっても、他人の考えがわかるようにはならないので、

わからないなりに、どう工夫するかを考えて実行することが大切です。







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